2008年9月24日水曜日

実業団向山岳練習会

コース 
東和田郵便局→豊野町→北信五岳道路→飯綱町→信濃町荒瀬原→豊田村→まだらお温泉→斑尾高原(オーナー合流)→妙高(コンビニで休憩)→赤倉温泉→関温泉→燕温泉→赤倉温泉→黒姫→快レーシング秘密基地(オーナー離脱)→戸隠→鏡池→鬼無里(いろは堂で休憩)→小川村(星と緑のロマン館)→実業団コース下り→小田切ダム(解散) 160キロ 8時間 タケさんは中野から長野まで来たので200キロ弱ではないかと。 いい感じでトレーニングできました。このコースを一部使ってビギナーツーリングが出来ればいいな~。

2008年8月7日木曜日

北京オリンピック日本代表宮澤選手と共に丸岡実業団レースレポート

丸岡レースはマジリングのマジキタさんに練習中に偶然会った時「出るんですか?」と声をかけれた縁からエントリーしたレース。原油高でどうしようかと悩んでいた矢先の出来事だった。そんな訳で移動はマジキタさんとチーム轟のミスターの3人と思いきや、北京オリンピック日本代表の宮澤選手がひょんな事から一緒に移動となった。車内は宮澤選手がいることもあって緊張した空気が流れる。皆いろいろ聞きたい風域だが、愛想がある選手とは言い難いので何をしゃべっていいのかわからない・・・。
Q1…朝めし食ってきたんすか? 
A1…冷やし中華に納豆かけて食べてきましたよ~。あっ!水分補給するのを忘れた!申し訳ないコンビニ寄ってもらっていいすか。毎日朝起きたら水500ミリリットルは必ず飲むんですよね~。
Q2…日本に帰ってきてから小川出たり東京で壮行会があったりあんまり調整できなかったんじゃないですか? 
A2…ん~昨日は松本へマッサージへ行って来て、夕方、飯綱に上がるループ橋で調整したし、ただね~塾長たちに激励会やってもらった後、某TV局のアナウンサーに急に呼ばれて飲んじゃって帰ってきたら0時で速攻寝ましたよ。マジやばかったかな~。
Q3…松本のマッサージってBSの辻浦選手とか通っているスポーツドクターの先生ですか~?うちのメンバーのS5選手も通っていて技術の高さは聞いてますよ。 
A3…そうそうあの先生すごいいいんだよ。すご~い偶然な事があって東京でストリートバスケットをやっていた時、隣のコートでフットサルやっている連中がいてなんか意気投合しちゃて一緒に遊んでいて、その中の一人に松本のスポーツドクターが卒業したマッサージ学校の校長の息子がいて、ある程度自由なマッサージ師紹介してくれないと声をかけたら、その彼が引き受けてくれて今の梅丹の専属マッサージ師なんだよね~。
Q4…GDRはどうですか? 
A4…いいすね~何が良いって俺達選手の意見要望をフレームづくりに取り入れてくれる。だから選手によってフレームの個性がぜんぜん違うんだよ。この間なんてタイの合宿中、ここをあ~してこうしてと注文つけたら2週間ぐらいで届いたから。ビルダーは俺ぐらいな年齢なんだけど、ゴルフのアイちゃんとかオザキ氏とかのゴルフクラブを作っていて大の自転車好き。フレームをつくりたくて会社を辞めようとしたとき、会社が引き止め本格的にフレームをつくることになって、梅丹のスポンサーになり、選手のノウハウをフレームづくりに役に立ている。工場に行くとびっくりするよ。それぞれ特性の違った何百万何千万とするカーボンのパイプが並んでいる。圧巻ですよ。フォークは中国製だが設計は日本。ラグはトーヨーにお願いしていて、オーダーなものだから20万円ぐらいすると言われびっくりですよ。でもトーヨーの技術はスゴイです。このバイクはいままでのバイクとはぜんぜん違いますから。

というわけで丸岡に着いたら早速試乗会!

乗ってみた。良くススム!芯がしっかりしている。これに比べ自分のスコットくんは寝ぼけているようだ。ミスターのルックくんは・・・スコットくんより良いがやはり寝ぼけている。GDRくんは全体的に硬いがシャープであり重心の位置もカラダから伸びているように感じる。今までこんなバイクは乗ったことがない。ミスターも同意見だ。ロングでの身体へのダメージは未知の部分だが、スコットくんの次はGDRくんと仲良くしたい。来年発売されるらしいので1年様子を見て2010年にはお友達になりたいと思う。
さてさて宮澤選手と軽く試走。サドルの高さを指摘され5ミリほど下げる。日本人は割とサドルを高くするが欧米の選手と比べると骨盤の位置とか体型が違うのだから、もう少し下げた方が良い。そんな選手がたくさんいる・・・とおっしゃていました。自分、M田選手にサドル低いんでないのと高くしてM田選手が身体を壊してしまった経緯があるのでまたまた反省。試走が終わると宮澤選手はラヴァネロさんと合流。レースが終わったらラヴァネロさんとともに東京へそして北京へ。記念撮影&握手をかわし激励をし別れる。
辺りが暗くなりかけてきた頃駐車場にテント設営。風呂。ミスター行きつけのおでんが美味しい居酒屋へ。10時頃就寝。ん~暑くて眠れない・・・。5時起床コンビニへ朝食。ゴミが出るのでここで食べてしまう。戻ってストレッチ、サインをして40分ほど路上でアップ。スタート地点へ行くとよくよく後ろの方である。近くにはMTBのマツシュン選手。さすが有名人、観客からいろいろ声をかけられている。さーてスタートは順調な出だし。後ろの方だがまずは様子見。シェードの手前で10台ぐらい前の選手落車。工事用の荷物らしきもの置いてあって道が狭くなるところだ。BR-2だがあきらかに下手なのがいる。上りでふらついている選手にヤジが飛ぶ。2周目は少し前の方で走る。1人逃げているが誰も追わない。ローテなんかにも参加させてもらい最終周回へ。この周回は落車危険性大なのでなるべく前にいたい。ちょうど数人の逃げの集団がでたのでついていく。が少しずつ減って自分含めて5人ほどでシェードエリアを駆け上がるが、2人やめ1人やめと自分一人になってしまったのであきらめて吸収される。できればこの位置をキープしたい。補給エリア手前よりスピードが上がる。補給エリア後は上りが続くが結構な速さである。すると落車したりチェーンが外れたりする選手が。自分も我慢できずズルズルと後ろに下がる。危ないので前に出たいが出れない。力不足でそのスピードについていけないのである。トンネルの入口で前の選手が落車。2台分ぐらい空いていたので辛うじて通過。バイクが中を舞っていた。トンネルの中では集団より少し空けて走行。向かい風が辛いが落車に巻き込まれるよりずっといい。下りが終わりここからはとにかく落車に巻き込まれないようにだ。皆意識をしてるのか無理をする選手はいないが位置取りに迷う。最後のコーナーをまわってゴールの下りへ。30~40人ぐらいの集団がいるがつかず間を空けて追いかける。トップが見えるが無理をしない。すると集団の後ろにいた選手が落車。少しスピードを緩めて斜行しながら除ける。除けた瞬間後ろから追突され落車。自分のふくらはぎにタイヤが当たって自分は前に押されたようになり転倒はまぬがれたが、自転車が折り重なっている。ペダルが相手スポークに引っかかっていたりチェーンが脱落してすぐに復帰できなかったが、なんとか無事?完走。ケガも摩耗キズ程度ですんで良かった良かった。これも出掛けに墓参りし安全祈願をしたお陰かしら。先にゴールしたBR-3では肺停止という大事故が起きていて無効レース。BR-1は途中で、市民レースは中止となった。ミスターとマジキタさんはぜんぜん走れなかったので、BR-1のダム湖コースまで足を伸ばして一緒にツーリング。丸岡レースは今後どうなるのか・・・。そんな話題で帰還となった。

2008年7月30日水曜日

遅くなりましたが小川レポートBR-2

やってきました小川村実業団レース。先週21日行われた全日本MTB大会と今シーズンメインレースとして気合いを入れて練習してきたはずが、全日本MTB大会試走中転倒アバラ骨を打って40オーバーでは優勝したもののマスタークラスではボロボロの走り。小川村までの約1週間も力入らなく練習にならずサイクリング。調整不足を感じながらもやるっきゃない!前日の受付時オーナーと待ち合わせてコース試走。一番暑い時間帯あまりやる気がなかったのだが、オーナーやるき満々だったのでなんとなくしてしまう。ふっと前を見るとチームNIPPOの集団に宮澤選手?似ているが走り方も見た目も若干別人。気にせず着いていくが、本格的な上りに差しかかったところで見送る。オーナー明らかに調子悪そう。聞くと昨日、佐久に出張した帰りに上田湯ノ丸で上りのコソ練したそうな。ちょっと笑えるが気持ちがわかんないでもない。ようやく上りきって下りセクションへすぐに小石を踏んでリアタイヤバースト?この日のために買った秘密兵器ミシュランPRO3が・・・裂けている。替えチューブやポンプなど持ってきてなかったのでオーナー先に下って車で迎えに来てもらう。その間何人もの選手に「チューブありますよ~」と声をかけてもらい「勝負には厳しいけどみんなやさしいな~」と感無量。受付していると宮澤選手に声をかけられ「上でむらっさ~んって呼んだんだけど気づいてもらえず別人かな」と。宮澤選手オーナーと談笑しているうちに受付。上田メンバーのゼッケンと名前に間違いがないか確認しながら受付。ここで他メンバーと間違ってしてしまうと後々大変なので慎重に。無事終わってみると宮澤選手は去ってしまい。まっ明日会えるか・・・宮澤選手以前会った時よりだいぶ絞られ別人と思わせるほどでした。家に帰り裂けたタイヤを交換。再度積みこみをしているとシューズのバックルがない????パンクした際シューズを履き替えた時にネジがゆるんでいて落としてきたんだ・・・。慌てて長野市内のショップに探しに行くがナイ。あるわけないかとあきらめ。あまりにも踏んだり蹴ったりが続くので墓参りに。先祖に自分とチーム員の安全祈願。シューズは右ロード左MTBとビッコだが地元開催でのトラブルでとりあえず対処でき良かったとポジティブに考える。さて当日はサポート隊の小林ご夫婦を乗せてサポート隊長宅へ。隊長に荷物と駐車券を渡しびっぐらんどへ。しばらくすると上田メンバー、オーナー、長野メンバーとぞくぞく到着。だが、駐車券がないので3台残して追い出される。朝食・ストレッチ・アップ。この頃になると日差しが強くなるので日陰を見つけてそこで30分ほどローラーを回し10分程路上でクールダウン兼感触を確かめスタート地点へ。メンバーと談笑していると宮澤選手に声をかけられる。宮澤選手「8時に来いと言われてきたら宣誓して、レースは11時半だからまた家に帰りますよ~ブツブツ・・・」とぼやいておりました。オープン参加でトップで入っても優勝はないとのこと、「得意なコースじゃないし調整なんで」とあくまでも控えめ。いよいよスタート。hanさんとスタートラインに並び談笑。スタート後パレード最初の緩やかな上りでトップ集団に付ける足もまわる心拍もそれほど上がらず、コンディションは良いのではないかと感じる。サポートエリアで水補給。少しトップ集団から遅れるが下りで復帰。昨年今年と下り攻略に足繁く小川に通った賜だろう。1箇所を除いて理想的なコーナーリング地元開催の利点である。が、本格的な登坂エリアでトップ集団についていけなくなる。決して速いわけではないがジリジリとその差が開く。チカラ不足である。2回目のサポートエリアではボトル1本アクエリアスを受け取る。水を補給したかったのだが受け取りに失敗。下りでも復帰できず2か3集団目に位置する。集団は小さいが緩斜面では1人よりよほど楽である。ゴール500m手前では「快レーシングがんばれ~」と応援してくれる。「誰だろう?」応援に押されチカラが入る。道に書かかれたメンバーの名前で応援団の見当がついた。3周目の上りではトップ集団が完全に見えなくなる。最後のサポートだ。「ミズ~」と叫んでボトル2本受け取り掛水と至れり尽くせりしてもらい最終周回へトップとは4分差。緩斜面では5人ぐらいの集団でローテするが皆ヘロヘロなのでバラバラ状態。登坂になると完全にバラバラ。もう自分もヘロヘロで秘密兵器27のギアに早々してしまう。まわりの選手は25。24だと追いつき27にすると離された。我慢我慢と言い続けゴールへ。なななんとか完走パチパチ!今できる自分の最高のパフォーマンスが出来たんじゃないかと思います。これもサポート隊・応援隊そしてご先祖さま?のお陰です。ありがとうございました。完走できたし、無くしたバックルも見つかったし良かった良かったの1日でした。塾長率いるサポート隊すごかったです。

2008年7月27日日曜日

小川村 BR-2 (by han)

いよいよ来ました小川村。このレースに出場したくて、実業団登録をしたようなものです。地元ということで、たくさんの応援とサポートに支えられ、否応なしに気合が入ります。気合が空回りしなければいいのですが、少しでもいいレースをしたいところです。

朝から日差しが照りつけ、スタート前からじりじりと首筋が暑くなります。召集で日陰に陣取った人は正解でしたね。待っているだけで体力を奪われるように感じます。BR-2のエントリは100名ですが、この厳しい山岳コースで果たして何人が生き残るのでしょうか。また、自分は生き残れるのでしょうか。体重が富士山の時より2kg近く増えていることが気になりますが、練習はしっかりやっていましたので、冷静に走れば完走はできるはずです。

そしていよいよスタートです。まずは町内をパレード走行します。パレードにしてはペースが速い気がします。心拍が結構高くて先が思いやられます。位置取りのため上がってくる人もいて、体が何度かぶつかりますが、BR-2レベルだと安心して当たれますね。

周回コースに入ったところで先導バイクがいなくなり、レースのスタートとなります。序盤は平地基調のゆる坂なので、大きな集団のまま進みます。グイッと上るポイントが何か所かあるのですが、ジェットコースター効果が遅れてくるので結構きついです。F(t)のてぃーざきさんとUmiさんの列車が右から上がっていきますが、着いては行かずにポジションをキープします。

前半のゆる坂セクションが終わると、ヒルクライムセクションに入ります。皆ダンシングで上げていきますが、自分はシッティングで無理をしないようにします。試走の時に前半頑張ると後半でダレていたので、集団から多少遅れても我慢です。少し前にFitteのA藤選手が見えるので、彼から大きく遅れなければ大丈夫でしょう。そのうち前からUmiさんが落ちてきましたが、かなりつらそうです。後で聞いたところでは、腰痛がひどかったそうです。一声かけて抜いていきます。

大分先頭から遅れたようですが、無事に一回目の上りをクリアしました。サポートの方から水をかけてもらうと気持ちがシャキッとして復活しますね。下りはA藤選手やスワコのS藤選手と一緒に下っていきます。上りで前に行った選手を何人か抜き、てぃーざきさんもパスします。周りの下り速度は思っていたよりもずっと遅かったです。おかげで難なく集団に復帰できました。

二回目の上りに入り、序盤は集団の中でぬくぬくと過ごします。チームメイトのむらさんの姿もあるし、超人☆倶楽部のミゲさんともおしゃべりします。ここでBR-3の先頭が追いついてきたため、集団が大きくなります。"みんな速いよね〜"なんて喋る余裕がまだあります。ヒルクライムセクションに入ると集団はばらけ始め、無理をしない自分は早々に切れますが、ミゲさんから大きく遅れないようにペースを決めます。しかし、試走では34-19Tで上っていたにもかかわらず、早々に34-21Tに入れてしまいました。ペースを抑えているつもりでも、かなりの負荷になっていたようです。

頂上の補給ポイントでもまだボトル半分が残っていましたので、この周も補給は取らずに水掛けだけをお願いしました。水の刺激で生き返りますが、的が外れて靴が濡れてしまい、気持ち悪いです(笑)。下りで踏んで先行するミゲさんまで追いつきます。

下りの終わるところで、S5選手が応援に来てくれました。"頑張れば集団復帰できるよ〜"との声援に、"もういっぱいだよ〜"と情けない回答しかできません。しかし、三回目のゆる上りで集団の姿が確認できると、千切れ組でペースを上げて無事に復帰します。ミゲさんが脚をぶらぶらさせながら、"攣る寸前だよ"と言っています。でもまだ2回上らなければなりません。"お互い行けるところまで行こうよ"と励まし合いながら、ヒルクライムセクションに突入します。もう、力が入っているような入っていないような、惰性で上っている感じです。

最後の上りに備えて、補給ポイントにて水のボトルを受けとります。500mlは重すぎるので、体にかけたりして軽量化します。ミゲさんと下っていきますが、さすがに集団復帰はもう無理だろうと思いきや、四回目のゆる坂セクションにてまたしても集団発見です。千切れ組4人にて追いますが、ミゲさんは元気で、集団に追いつくとそのまま先頭に出て、引き離しにかかりました。まさに漢走りです。普通はつぶれる逃げですが、ミゲさんがやるともしかして?と思わせる何かがあるんですよね。バイクのサインボードによると、最大20秒まで差が広がりました。

最後のヒルクライムセクションに突入し、後は気合で走るだけです。てぃーざきさんを含む先頭集団は、すぐに見えなくなりました。しばらくして後ろにいたスワコS藤選手に抜かれましたが、追えるだけの力がなく、ズルズルと離されます。振り返ると他にも選手がいて、気が抜けません。そのうち、力尽きたミゲさんとボンシャンスの選手が落ちてきました。ミゲさんはもうボロボロになっていましたが、一か八かの漢走りの結果ですから立派です。抜きざまに声をかけ、あとはゴールまで誰にも抜かれないよう全力で走ります。もう振り返りません。振り返っても仕方のないことですから。前の選手に追いつける距離ではないですが、とにかく全力でもがきます。最終コーナーを周り、後は流しても順位は変わりませんが、もがきつづけます。そしてヘロヘロダンシングのままゴール。もうフラフラです。

結果は13位。先頭から2分半ほど遅れました。麓では集団だったので、最後の上りセクションだけでこの差になったということです。F(t)のてぃーざきさんは富士山に続いての入賞でした。自分が10位以内で走ってあわよくば入賞するためには、もう一皮ムケないとダメですね。はたして、ムケる日が来るのかどうか...。

最後に、サポート、応援してくださった関係者の皆様、ありがとうございました。


2008年7月23日水曜日

快レーシング秘密基地にようこそ


快レーシングメンバー100キロマラソン選手の客本さん7月22日弊社を訪問されました。

2008年6月15日日曜日

富士あざみラインHC BR-2 (by han)

BR-1 S5選手のゴール前渾身の走り 速すぎてピンボケ

今回、快レーシングからはBR-1のS5選手、BR-2のむらさんと私の3名が参加です。むらさんとは、前日の土曜日に乗り合わせて現地に向かうことになっていましたが、私はその直前までギアの調整をしていました。というのも、金曜日に25Tを入れて、土曜日の早朝に軽く乗ったのですが、どうも変速の調子が悪いのです。帰宅後調整を試みるも、さらに不調度が増していきます。一か八か、アウターケーブルを外してグリスアップしたところ、何とか使えるレベルになったので一安心でした。不調なままレースにのぞむのは、精神衛生上、良くないですからね。

一宮御坂インターで降りてから、一般道で向かいますが、富士吉田や湖周辺で渋滞にハマり、意外に時間がかかってしまいました。おまけに要項と受付場所が違っており、受付を終えたのは締切時間の3分間でした。むらさんが試走すると言うので、朝走ってきた自分も付き合うことにします。出発前にいじったギアの調整を入念にチェックしながら走ります。スタート後、しばらく直線が続きますが、見た目以上に上っており、嫌な感じです。3kmほどで曲がり始めるようですが、そこまで行かずに軽めで止めておきます。むらさんはその先まで行ったようです。

その後、小山の道の駅に移動し、コンロで焼肉をしながらの晩ご飯です。一人の場合は暇すぎて困るところですが、メンバーが一緒だと楽しく過ごせますね。晩飯後、風呂に入りたくて小山のゆったり湯へ向かったのですが、すでに閉店していたため入れず、それだけが残念でした。宿泊は会場に戻り、自分は車中泊、むらさんはテント泊です。車中泊も3度目ともなれば慣れたもので、快適に朝を迎えることができました。

どれぐらいアップをするか悩むところですが、裏乗鞍で心拍が上がらなかったのはアップのやり過ぎかもと思い、今日は軽めにしておきます。30分固定ローラーに乗りましたが、心拍を2回ほど上げるだけにしておきました。その後コースに出てダラダラと走りますが、前日よりも脚は軽く、調子は悪くなさそうです。

今回のBR-2のエントリは132名、前から3列目ぐらいに並びます。むらさんは私の真後ろに並んでいます。すぐ前にはFitteのI沼選手とA藤選手がいるので、いろいろと雑談しながらスタートを待ちます。A藤選手のホイールは必殺兵器のハイペロン! 3万円台の手組ホイールで並んでいる私はそれだけで弱気になりそうです。S5選手も様子を見にきてくれました。そして、いよいよレースが始まりました。

スタートは少々もたつきましたが、まずまずの位置に着けました。様子を見ながら、徐々に上がることにします。調子はまずまずのようで、それほどきつく感じません。裏乗鞍の反省と、噂に聞く激坂に備えて、あまり前には出ないようにします。途中、F(t)のT崎さんが一声かけながら軽快に抜いていきましたが、無理せず見送ります。長い直線の終わりになっても先頭集団はそれほどバラけず、私は10番ちょっとに着けていて、
心拍もいい感じで上がっているのでこのまま行きたいところです。

緩いつづら折りがしばらく続いた後、ついに噂の激坂セクションが始まりました。ギアは一気に34-25Tに固定です。ひそかに自分は激坂が得意のように思っていたのですが、まったく不得意であることがここで発覚しました。ずるずると前走者との差が開き、何人かに抜かれていきます。ちょっと前にA藤選手が見えるので、あまり離されたくないのですが、どうにも前に進みません。蛇行しながら上る選手が何人も見えますが、私は蛇行する余裕すらないので直登します。

しばらくダンシングのまま頑張りますが、厳しい勾配は容赦なく続きます。どんどん脚が終わってきて、止まってしまおうかとすら考えました。そのうち順位のことなどどうでもよくなってきて、とにかく上り続けることを考えます。シッティングにしたくとも、そのきっかけすら掴めない感じです。勾配の隙を見てシッティングにすると、今度は立ち上がるきっかけが掴めません。とにかくひたすら我慢するしかありません。

給水ポイントで水を受け取っても飲み込む余裕がなく、口に含んでそのまま吐き出します。激坂で感覚が麻痺しているため、勾配が緩くなると下りになったように感じてアウターに突っ込みます。

中盤から後半にかけては、4〜5人のパックができましたが、まとまって走っているというより、それぞれのペースでなんとなく一緒になっている感じです。A藤選手も前に出たり後ろに下がったりしています。そのうち、1分後にスタートしたBR-3の先頭の選手に抜かれました。程なくして一般エキスパートクラスのトップ2名(Aダム選手含む)が抜いていきました。

このころになると、あまりの激坂故に追い込めない分、心臓には余裕ができてきました。A藤さんに"Aダムさん速いな〜"と言うと、"もう吐きそう"との答えが...。確かに先ほどから咳き込みが聞こえ、苦しそうにしています。私もレース中に気持ち悪くなることがよくありますが、今日は朝飯を控えめにしたせいか大丈夫でした。その後、A藤選手は本当に吐いたそうです。

後半、多少余裕が出てきたものの、かと言って頑張って前を追うほどの力も気力もありません。勾配が緩くなり、そろそろゴールが近づいてきた感じがします。ようやく順位のことに頭が回るようになりました。何となくですが、現時点では15〜20位の間だと思われます。20位以内はキープしたいので、これ以上、抜かれると危険です。前にはカミハギの選手が一人、後ろにも選手が着いています。裏乗鞍のときもそうでしたが、初めてのコースだと、しかけるべきポイントがわからないから困ります。

すると後ろから一人飛び出し、私とカミハギの選手を一気に抜いていきました。いよいよゴールが近いと思われます。パイロンが見え、右コーナーが近づいてきます。そう、この場所はTOJのビデオで見たことがあるため、ここを曲がればゴールだと確信しました。私も最後の力を振りしぼり、カミハギの選手をギリギリでかわしてゴールに飛び込みました。

結果は17位 (51分34秒) でした。今回は、実力相応だったと思います。体調も良かったし、悪い走りではなかったので納得しています。
裏乗鞍でご一緒したシルベストのS井選手ともお疲れ様の握手をしました。程なくしてむらさんもゴールに飛び込んで来ました。昨年より3分もタイムを縮めたとのことで、ホントにすごいことです。

ゴール後はいろいろな人とおしゃべりしながら過ごします。先頭集団で行ったT崎さんはなんと4位。やっぱりというか当たり前というか、モノが違う感じです。あづみののN井さんや、FitteのI沼さんと話しているうちに、BR-1のゴールが近づいてきました。S5さんの勇姿を拝むべく、ゴール横に移動します。

大きな歓声とともに、トップの狩野選手がゴールに飛び込んで来ました。42分台ってモーターでもついているんじゃないでしょうか。プロの選手がゴールする中、S5さんがどれぐらいでくるのか注目です。そしてどよめきの中、すごいスピードで緑色のジャージが飛び込んで来ました。応援するよりシャッター切るのがやっとでした。詳細はS5さんのレポートに書かれることでしょう。

BR-1 優勝の狩野選手

ウイリーしながらのゴールパフォーマンス

さて、しばらくレースが続いたので、小川村までレースはお休みする予定です。さすがに気持ちが続きません(お金もですが)。今後も長く続けていくために、無理せずマイペースでやっていきたいと思っています。

2008年6月1日日曜日

裏乗鞍HC BR-2 (by han)

hanです。初めてのBR-2でのレースとなる裏乗鞍、さて、どれぐらい走れるでしょうか。木祖村後、食べまくっていたため体重は増えていて、大きな不安要素となっています。当日受付不可とのことでしたので、前日入りして受付しましたが、エントリーリストを見ると、BR-2は174人もいます。"しらびそ"の時は100人ぐらいだったので今回もそうかなと思っていたのですが、甘かったです(←修正:リザルト確認したら、74人の間違いでした)。考えてみれば、関西の人が多いんですね。東海北陸道を使えば関西や北陸からのアクセスは便利なんですね。

夜は道の駅で車中泊をしました。ところが、何かが上からのしかかってくる感覚にて目が覚めます。何もないことを確認し、再度寝ましたが、再び何かがのしかかってきます。霊感はそんなに強くないのですが、いわゆる"あれ"の可能性大です。ちょっとやばいので、車を移動しましたが、それからはぐっすりと寝られました。

当日は少し早めに現地入りし、みっちりとローラーに乗ります。心拍も180まできっちり上げました。出走サイン後はダラダラとコースを走り、スタート間近になって召集場所に向かいます。Jグランプリ上位のチームは優先的に前の方に並べるんですね。そんな特権があるなんて知りませんでした。召集場所はコースから横に入った駐車場のような場所で、おそらくスタート直前にコースの方に出て並ぶのだと思っていましたが、一向にその気配がありません。まさか、このままスタートでしょうか。いきなり道に出て右折するのは危ないと思うのですが...。

そしてそのままスタート。危ないのでクリートを嵌めずにゆっくりと右折します。それから踏んで行きましたが、今日は上手にスタートできました。最初からトップ集団に着くつもりでしたので、順調に前走者をパスしていき、10番手ぐらいに着きました。なかなかいい感じです。ペースは少々速いかなと思いましたが、序盤は6番手ぐらいまで上がったと思います。

ところが、毎度の事ですが、だんだんと苦しくなって、かなりヤバくなってきました。心拍計を見てみると、182と自分としてはかなり低めです。通常、ヒルクライムの時は190前後で走りますし、"しらびそ"の時も序盤は192でした。この低さでこの苦しさは何なんでしょうか。かなり不安になりつつ、そのまま先頭集団から切れて一気にペースが落ちました。

木祖村で大活躍されたFitteのA藤選手が抜いていきます。木祖村の時のように、ツキイチ君になりたかったのですが、その余裕はありませんでした。しばらくして、第2集団のラバネロのAディー選手、シルベストのS井選手、オーベストのE見選手、VientoのS野選手が抜いていきます。第2集団も見送るところでしたが、ようやく自分の走りのペースが戻ってきました。なんとか第2集団を視界に留めたまま、踏みとどまれそうです。現在の順位は10位ちょっとだと思いますので、20位以内はキープしたいところです。

しばらくは前との差が開きも縮まりもせずという状況が続きますが、前方で大きな選手が止まっています。ラバネロのAディー選手がパンクしたようです。気の毒に思いつつ、前を追います。そしてだんだんと差が詰まってきました。S野選手が結構きつそうで、中切れしかかっています。そのままパスしましたが、その前のS井選手、E見選手とはまだ差があります。一時的に縮まっても、また開いてしまいます。心拍計を見ると、180以下に下がっています。やっぱり低すぎます。心臓が大きくなったのなら良いのですが、2週間では大きくならないですよね〜。

視界が広がるところでは、遠くに先頭集団が見えます。随分と離れてしまったものです。そのうち勾配が急になってきて、次第に前の二人との差が詰まり始めました。後半に下り基調の直線があるようなので、そこを単独で走らないためにはそろそろ詰めておかないといけません。じわじわと詰めていき、ようやく追いつきました。しかし、追い抜くだけの余力はありません。

"まだゴールまでかなりの距離があるけど、あとどれぐらい上るのかな"と考えていたところで、下りに入りました。ちょっと牽制気味になって速度が落ちますが、S井選手が先頭のまま、引いてもらいます。途中、一か所グイッと上ってまた下り基調の平らになります。もしかしてゴールは近いのかもしれません。そしてS井選手がアタックしました。心の準備をしていなかったこともあり、まったく反応できません。やっぱりゴールは近いようです。E見選手もペースアップし、くっついて行きますが、ゴールはどこなんでしょう。ふとE見選手のペースが緩み、捲ってかわそうかと思ったら、すぐその先にゴールが見えました。入賞にも絡んでいませんし、ここで抜くのは漢ではないと思い、そのまま惰性でゴールしました。

結果、順位は12位でした(タイムは51:47)。"しらびそ"の時はBR-2と3とのタイム差はあまりなかったのですが、今回はかなりの差がありました。やっぱり甘くはないですね。BR-2の初戦としては上出来とも言えますが、何か出しきれなかった感が残るレースでした。帰りの車の中、悶々として、だんだんと悔しくなってきました。結果ではなく、その内容についてです。3人のパックになったとき、もうこのままゴールすればいいと思って消極的になってしまいました。前を追おうとか、その中で一番でゴールしようとか、積極的に仕掛けようとか、全然考えませんでした。本当にダメダメ君でした。次は富士山ですが、一度気持ちをリセットしてやり直しですね。