2009年12月20日日曜日

飯田シクロはなんちゃてカテ1


昇進して初カテ1、波動砲で4連発海底深く撃沈しました。

思えばシクロクロスに初参加したのは20年程前にさかのぼります。ランドナー(ツーリングが趣味)の泥よけ等よけいなパーツを外して上下トレーニングウェアで駒ヶ根まで行って走りました。当時は自分で競技時間を選択でき、15分、30分、40分があって15分じゃ短いよね~30分にしようかと、ハカセに誘われ参加しました。

なんでこんなところに板切れがあるんだよ(どうやって越えるの?)。なんで階段が・・・。もう2度と出るものかと心に誓い、その10数年後Jシリーズ参戦とともになぜか出ていました。そういえばボクをJシリーズにたきつけたあのオトコが犯人のような気がする。

参戦したがいいが、上位に食い込むが上がれない。ようやく上がったかと思ったらその年にポイントがとれなく落っこちて(数年前は昇級した年でもポイントが必要で後半戦で昇級するとほぼ間違いなく落ちるのだ)と意地悪なレースでした。今は昇進した年は翌年まで持ち越せます。その道は決して楽でなくやっと上がったカテ1ですがコサカ親子と他カテ1選手に蹴散らせれ海底深く沈みました。

カテ3が始まる頃飯田に着いてレース観戦。ヘンタイ中坊2人が1位2位を走り、おっさん達がそれを追う展開。この光景昨年MTBの一般クラスで散々見させていただきました。OGAもどきくんが2位でした。お立ち台GET!です。

その後アップです。気を失ってバイクから転げ落ちてしまいました。心拍を上げすぎたようで、あ~眠い少しバイクの上で寝ようかなと思った瞬間、コータパパの「村さん!村さん」と緊迫した声に起こされ「気持ちよく眠っているのになに起こすんだよ~」と気がついたら地べたの上に落ちていました。

こんな事は初めてだったので自分でもびっくり。その場にいた方心配をお掛けしました。眠くなって急に漕ぐのを止めたので脳に酸素が行かなかったのかもしれません。老化現象ととらえ注意したいと思います。落ちた拍子にワンピースを破ってしまいチャック部分を壊してしまいました。これでは会社からジャージサポートがあってもプラスマイナスゼロじゃん。“おまえレベルがジャージサポートだ~笑わせるのもいいかげんにしろ”と天からの声が聞こえてくるような仕打ちです。

ハイその通りです。サポート選手とは思えない走りっぷりです。12人でスタート、1周目泥んこセクションでチェーンが外れ、その後徐々に後退。30分後にはスワココサカ選手にマッサ丸山選手にラップ。後に着くが踏んでいるギアがぜんぜん違います。力の差は歴然特に泥んこセクションの速さはスゴイです。なにかコツがあるのでしょうか。1周するとブリィッチェンコサカJに、泥んこセクションで追いつかれまもなく置いていかれました。

前はCOGSS井選手100mぐらい先を走っています。ラスト2周回後続サルサエシケン選手に抜かれ、最終周ユーキャンO塚選手にラップされ終了。ぜんぜん歯がたちませんでした。最後のレースで来年に向けてたくさんの課題を頂いたようです。

今シーズンはたくさんの応援ありがとうございました。来年も老体にムチ打って今年以上のパフォーマンスを目指します!

写真はふぉとふぉと館さまより無断で拝借

2 件のコメント:

開かぬ間 さんのコメント...

カテ3の優勝は僕じゃないです。坂道通勤隊のなんとかさんです。自転車通勤平地で1キロの僕は2位でした。
(オープン参加のコウタ先輩とコーヘイ君の背中すら捉えることができずで実質4位?)。大人部門の完走者は
20名以上なので上位2名昇格条件はクリアしたようです。噂に聞いていたk賀さんのアナウンスを堪能できました。

村サン さんのコメント...

失礼しました。修正しました。